手引:もうすぐ寿命

 ブログを書きながら考えたこと。
 「お前のブログ、長いし何書いているか分からない…」
 そう言われたので、いまさらながらではあるが一応このサイトの作者が意図する読み方を説明しておくべきなのかも知れない、と思って書いておくことに。

【メインコーナー】
 このサイトのメインは、あくまで最上部のタイトル画像と広告の間に、ニュース速報のように表示される数行の文。この部分はRSSには反映されていないのだが、旅行中以外はおよそ毎日、少なくとも数日に1回は更新されている。自分自身も俗に言うヘッドライン症候群なので、長い文章を読むのには勢いがいる。そこで、できるだけ凝縮した形で情報を伝えているのがこのコーナーである。
 なぜRSSに反映させないのか、なぜ過去のものは保存されていないのか。それは共時性と共振性を基本とした、一過性の情報の垂れ流しを目的としたいという意図による。どうせ一ヶ月前に起きたニュースは思い出せない。ならば徹底的にその瞬間にスポットライトを当てて、他は闇に葬ってしまえ、という現代のメディア報道への悲観を極論的に皮肉る形で提供している。
 またリクエストにお応えして、生存確認に使えるものでもある。ただ、簡易アクセス解析によると、このコーナーを更新しても、友人に読まれなかった文は7割前後になっているし、閲覧者が前回どんな文章だったかを思い出せなければその機能はないのであって、形式的なものなかもしれない。
 というわけで、もし筆者の動向に興味があるのであれば、この一番上だけを読めばいい。

【飾りコーナー】
 一見してメインの記事に見える画面左側の大部分を占めるコーナー。残念ながら、中身のないブログを象徴するための形式である。正直なところ、万人にウケる若しくは有用に機能する内容を書けるだけの力はない。必死のSEO対策で引っかかったであろうブログが、最高に役に立たないことも多く、ブログは気軽に書ける反面、気楽には読めないというのが持論で、ならばその極論をとって本文を無意味にする、という荒技を実行してみた。
 ここではインターネットの速報性・更新性というものを度外視して、とにかくズレた情報を垂れ流している。筆者はかなりの遅筆。1エントリーに数時間費やしている。恥ずかしがり屋で無責任なので、友人達のように理論上全世界の60億人へ向けて声を大にして発信されてしまうような文章を気楽に書く気持ちにはなれない。なので、普通の人には読まないように工夫しながら書くようにすることで、なんとか書けるのである。
 読みにくい文体、読みにくい分量、読みにくい構成。これがモットー。
 「長い」「堅い」「改行が少ない」「オチがない」…、ご指摘はごもっとも。読まれるという前提で書けるような素晴らしいアイディアも含んでいないし、芸術性もないのに、一般に晒せるのは、本人の社会的評価からの自由を確保されている状態で、ニッチな情報を入手すべくさまよっているよっぽどの物好きに対して何かのヒントになるようなエッセンスを提供するか、自分の備忘録(まさにログ)の意味でとりあえず保存しているデータの公開でしかない。と考えて、書くことにしているからだ。
 なので、読むのであれば、それを文字情報として読むのではなく、むしろコンピュータ・グラフィックスで描かれた絵のように、30メートルぐらい離れたところから眺めるのがいいと思う。そういう使い方はどうだろうか、というメッセージを提供している一形態に、本サイトのエラーページがある。参考までに。
NO・OR|エラーページ
 なんのために文字にされたのか、を時々疑っていただきくというのもいいのではないかと考える。

【右カラムゴタゴタコーナー】
今のところ、
「 Headline 」飾りコーナーの最新5件分のヘッドラインが表示されるコーナー
「 NR-Tokai 」JR東海に引っかけきれなかったネーミングのジョギングメーター
「 Writer 」筆者の簡単な紹介と、メールフォームの提示
「 Projects / Recommend 」筆者が制作に参加したサイトの一部の紹介
「 Bookmarks 」筆者のブックマークの一部を公開しているコーナー
によって構成されているが、特に利用者はいないものと推測されている。

 結局のところは自己満足なサイト運営であるため、検索ロボットに登録しないようにすべきなのかも知れないようなゴミみたいなサイト。読みたければ読めばいい、という開き直りで今後も公開されるはずである。とは言っても、ある程度の反応があると嬉しいのは事実。誰も見なくなることで、やがて書かなくなる。それが本サイトの寿命になるのだろうと思う。
 なので、何らかの確認(生きているのか、何を言いたいのかなど)をしてみたくなればコメントやメッセージを送ればいい、そんな使い方をひとつ提案しておきたい。
※筆者が自作物に意味づけができるようになる頃というのは、やや飽きてきた頃でもあり、そのものの寿命の接近であったりする。
リンク・コメント(701)
リンク・トラックバック:
コメント: